ドラッカーの遺言
ドラッカーの遺言
P.F. ドラッカー,講談社,2006
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20世紀最高の知識人とも評されるピーター・F・ドラッカー.彼が亡くなる直前のインタビューをまとめたのが,本書である.そこで扱われる領域は広く,しかも日本に焦点を当てた記述も多い.はじめてドラッカーに触れるという人にも,ドラッカーを敬愛する人にも,満足感を与える本であると思う.
本書の章立ては以下のようになっている.世界はどこへ向かっているのか,日本の“いま”,“仕事”に起こった変化,日本が進むべき道,経営とは?リーダーとは?,個人のイノベーション.
激動の21世紀を生きていくために,その足場を築くために,是非,本書を読んでみて欲しい. |
「ドラッカーの遺言」についてのメモ
第一章 世界はどこへ向かっているのか
- 情報が行き交うには,異なる国や地域を隔てる,ある「距離」を超えていかなければなりません.鉄道の敷設,自動車の大衆化,航空網の整備により,距離をコントロールすることが少しずつ可能となってきました.そしてその距離を「ゼロ」にしたのが,インターネットの登場だったのです.その意味で,まさにインターネットの出現は衝撃的でした.グローバリゼーションについて語るとき,人は情報について語っている―そのことを十分に理解する必要があります.
- かつての日本だけが突出する状況が劇的に変化し,定義し直されたとさえ言えるアジア圏は,今後いったいどのように発展していくのでしょうか.ASEANがどの程度の経済圏となり得るか,正直なところ私には予測がつきません.私が注目しているのは,ただ一点のみ,アジアに起こる変革が,中国を中心としたものとなるのか,それとも,圏内の各国がそれぞれ個別に革新を成していく形をとるのか,という問題です.個人的には,中国を軸に据えたアジアの再編は間違いであると考えています.そうなると,アジアは中国に支配される地域になってしまうでしょう.21世紀に入ってからの数年間,私が最も注視してきたのがインドの台頭です.中国が世界経済における主要製造国家であることが明らかになったように,インドが世界に冠たる「知識国家」になりつつあることも,私たちの共通認識になってきました.
- イギリスには大西洋をはさんでヨーロッパとアメリカを,日本には太平洋をはさんでアジアとアメリカを結ぶ「橋」になることが求められています.異なる価値観が共存していく世界では,政治的にも,経済的にもバランスを取っていく必要がある.ヨーロッパの一部であり,同時にアメリカの一部であるイギリスと,アジアに位置しながら史上稀に見る西洋化に成功した日本とが,その舵取りを果たしていく責任を背負っているのです.
第二章 日本の“いま”
- 保護主義とはすなわち「変化への拒絶」ですから,新しい時代への入口で足かせとなるのは自明の理であると言えるでしょう.保護主義と同様に前近代的な旧来の因習を引きずり,日本の変革を阻害しているのが官僚システムです.私の見るところ,日本は自身の歴史を知らないことによって自らを悩ませているのではないでしょうか.日本の官僚制度はどこから来たのか.そのことを問い直せば,自ずと改革の答えは見えてくるはずです.日本の官僚システムは,ヨーロッパ大陸の国々,なかんずくフランスの制度をモデルに構築されました.ビジネスモデルの多くをアメリカから輸入したのとは対照的に,意識的にドイツやフランスといった中央の国に範を求めたのです.フランスをモデルにしたことの最大の誤りは,学歴を過渡に重視している点にあります.
- 言葉の壁に守られていることは,あなたたちの強みであると同時に,弱みでもあります.ただ1つのグローバル化された存在である情報の多くは,世界の主要言語たる英語で流通されています.先に紹介したインドの例とは対照的に,日本は情報へのアクセスに苦労する可能性があります.さらに加えて言えば,あなたたち日本人は「成長をともに経験した人とその後も仕事を続けていく」ことに慣れすぎています.言葉の壁によって外国人とともに働く機会を少なくしていることが,何らかのマイナス作用を引き起こすかもしれません.
第三章 “仕事”に起こった変化
- お金を所有することはもはや競争力の主軸とはなり得ません.知識社会においては,知識を生産的にすることが競争を可能にするただ1つの方策なのです.アメリカはこの施策を進めることにおいて,世界に一歩先んじてきましたが,その優位性はそう長くは続かないでしょう.競争は極めて熾烈になります.知識労働の生産性を高める努力に,真剣に取り組まねばならないことをはっきりと心に留めておいて下さい.
- 知識労働へのシフトは,日本が誇る伝統的な雇用形態に終止符を打つことになります.年功序列です.知識労働者に要求されるスキルは情報の変化に応じて常に形を変え,一度身に付けたらそれでいい,という類のものではありません.報酬が年齢にリンクする制度では,保護主義下での銀行員のように,誰も絶えざる努力で自らのスキルを高めていこうとはしなくなるでしょう.かつて日本の成功を支えた年功序列制度は,もはや障害でしかあり得ません.日本が誇るもう1つの伝統,終身雇用制度については,むしろ残した方がいいというのが私の考えです.日本人には拠り所となるコミュニティが必要不可欠で,終身雇用制は会社をコミュニティにすることを保証してきたからです.
第四章 日本が進むべき道
- 日本が直面している問題は,経済の停滞ではありません.問題は,あなたたちの国が情報技術の分野,ひいてはグローバル化した情報に基盤を置く世界経済=情報経済の進展の中で,ひどく立ち後れてしまっている点にあります.
- 情報経済というまったく新しい世界経済の中で,日本は過去最大の難関に直面することになります.立ちはだかる相手は,インドと中国です.この両国が急速な勢いで経済大国の仲間入りをすることで最も脅威にさらされるのは,あなたたち日本なのです.
- あなたたちの多くが「問題重視型」の思考様式に囚われていて,「機会重視型」の発想を持っていないことを危惧しています.
第五章 経営とは?リーダーとは?
- 「成果を得るために,どんな強みを活かして,何をしなければならないのか.」経営の本質は,すべてこの一言に言い表されています.前世紀の経営に求められたものも,そして新しい世紀における経営の本質も大した違いはありません.「どんな長所を活かし,何をすることで,どれだけの成果を挙げるのか.」すべてこの一言に集約されているのです.
- 経営科学がリーダーを育成する役割を担っていると考えるのは誤りです.医学研究は,医学界をリードする天才的な医者を育て上げることを目的としたものではなく,多くの人間を死なせずにすむ,医者としての役割をまっとうできる人材を教育するためになされています.同様に,経営科学の努めも「スーパー経営者」を創り出すためにあるのではなく,経営能力のある普通の人間を数多く育てることに力点を置いているのです.
- そもそも,リーダーを育てることなどできません.「われわれの事業の目的は何か.この事業の成果は何なのか.そのために何をすべきなのか.」日々の仕事に自ら動機を持っている人は,すべからくこのような問いかけを意識する習慣を有しています.そして有能な人材とは,まさにそうした習慣を持った人のことなのです.
- 「もう十分」なのではないでしょうか.誰もがリーダーを望みますが,ヒトラーやスターリン,毛沢東らを持ち出すまでもなく,過去100年間の歴史の中で,私たちは誤ったリーダーの例を数えきれぬほど見てきました.私たちに必要とされているのは,リーダーを待望する姿勢ではなく,リーダーの登場を恐れることなのです.「彼らが象徴しているもの」や「彼らが代弁する価値」が信頼に値するか,それを見極めることなのです.もう一度言います.カリスマ性というものに対しては,不快感を抱くべきです.
- 優秀な経営者,優秀なリーダーとは,どのような存在なのでしょうか.先にもお話しした通り,私は70年に及ぶ長い歳月の中で,幾人ものリーダーたちと交わってきました.彼らの誰もが個性的で,誰一人として似ている人はいませんでした.この経験から私が理解したのは,「人はリーダーに生まれない」という事実です.生まれついてのリーダーなど存在せず,リーダーとして効果的にふるまえるような習慣を持つ人が,結果としてリーダーへと育つのだ,と.
- リーダーとして効果的にふるまえる習慣とは,いかなるものでしょうか.まず誤解を解いておきたいのは,自分が先頭に立って事に当たり,人々を引っ張っていく姿勢など,まったくもって必要ないということです.有能なリーダーに共通する習慣の1つめは,「やりたいことから始めることはない」ということです.彼らはまず,「何をする必要があるか」を問います.
- 有能なリーダーに共通する2つめの習慣は,「何をすべきか」を考え抜いた後に,その中のどれが「自分の仕事なのか」を問うことです.言葉を換えれば,なすべきことのうち,「何が自分に適しているか」あるいは「何が自分に適していないか」を突き詰める作業を行うということです.この習慣を持つ人は,とりもなおさず「自分が何を得意としているか」を的確に把握しており,同時に「自分は何が不得手なのか」についても熟知しています.そして3つめの習慣として,「不得手なことは,決して自らてがけない」ことを徹底しているのです.
- 組織を効率的に運営できるリーダーに共通する要素として,部下とのコミュニケーションを取ることを自らの責任と捉えていることが挙げられます.自らの任務を遂行するために,誰からの,どんな情報が,いつ必要なのかを把握し,また,他人に任せた業務に関し,どの情報が,誰に,いつ必要かを掌握しているのです.
第六章 個人のイノベーション
- 絶えざるスキルアップを達成するために最も重要となるのは,自分の強みを把握することです.自分が何を得意とするのかを知り,磨きをかけていく―これこそ個人のイノベーションの要諦であり,成果を挙げ続けていくための唯一の方法です.
- 知識社会において成果を挙げ得る人間であり続けるためには,スキルを更新する教育を何度も何度も繰り返し受けることが必要となります.真の意味での「生涯教育」であり,つねに教育に立ち返るこの姿勢こそが,個人のイノベーションを促進してくれます.生涯にわたる継続的な学習が不可欠となった事実を受け入れ,つねに再教育を受ける心構えを持ち,それを自己責任であると認識すること―「いま何を捨て,何を選択し,自己を高めるために何を学ぶべきか」を絶えず問い続けなくてはならないこと―いま,すべての人が身をもって知るべき事実です.
- 危惧されるのは,日本の企業社会には,とかく個人個人を組織人間にしてしまう傾向がある点です.組織に埋没しない人材を育てるためにも,早い時期から小さくとも独立した権限を持たせるべきでしょう.組織階層の中で確固とした権限を与え,決定を下させ,個人の責任の範囲でタスクをこなさせる.これを繰り返し行うことで,その人間の強みを引き出し,イノベーションにつなげることができるのです.
- 日本の若い世代の人達には,20代から遅くとも30代前半のうちに,少なくとも2〜3年は日本を離れて,他国で働く経験を積むことをお勧めしたいと思います.情報が高度に専門化し,ごく限られた領域だけを守備範囲とするスペシャリストが増えている世の中で,日本人は若者を他分野にまたがる知識や技術を持ったゼネラリストに育てる術に長けています.それにもかかわらず,私が接してきた日本人の中には,視野が狭く,「世界について十分な知識が備わっていない」と感じさせる人が多数存在しました.海外経験の少なさがその原因です.学ぶべき課題は日本の外にいてこそ得られます.ぜひとも国外に出て行って,視野を大いに広げて欲しい.知識社会が招来する新しい時代においても,日本が世界のメインパワーであり続けるための原動力になってほしいと願っています.
ドラッカーについて
若者に対してとりわけドラッカーが強調していたのが,「学習を,新しいことに対する『一生涯にわたる冒険』として,心から受け入れるように」という言葉です.ドラッカーの造語である「知識労働者」には,「絶えず自らに磨きをかけよ」との含意も込められていますが,それは単にスキルを高めることだけを意味していません.人生を豊かにしていくためにも「知識の発展に遅れを生じさせないようにせよ」とのメッセージが込められているのです.
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