幸せな子ども―可愛がるほどいい子になる育て方

幸せな子ども―可愛がるほどいい子になる育て方
松井るり子，学陽書房，１９９８

シュタイナー教育に魅せられ，親としてシュタイナー幼稚園を体験した著者が，生まれてから小学校低学年頃までの育児について，自分の考えをまとめた本．非常に優しい言葉遣いで書かれており，自分の意見やシュタイナーの意見を押し付けようとするのではなく，こういう育児もありますよと語りかけている．育児の参考書として，またシュタイナー教育の入門書として，素晴らしい本だと思う．できれば，育児を始めるまでに読みたい．

「幸せな子ども―可愛がるほどいい子になる育て方」についてのメモ

生まれてから幼稚園に入る頃まで

断乳

親が迷っていてはいけない．
断乳はいついつまでにという説に根拠はない．大事なことは，子供と母親が幸せかどうか．子供に母乳が必要なくなれば，母乳は出なくなる．それまでは，いつまででも飲ませてあげれば良い．

かわいがると甘やかすの違い

子供が夕方「もっと遊びたい！」とごねたとき，「ホント，遊びたいねー」とつくづく困った顔で溜息をつく．演技ではなく，本当に子供に共感する．子供は案外聡くそのあたりを読み取って許してくれる．
子供に優しくすればつけあがるなんてことはない．あなたは大切な人に優しくされてつけあがるだろうか．親を無条件に心から大切に思ってくれる子供に対して，「優しくすればつけあがる」なんていう世俗的な心配を忍び込ませない．
かわいがりと甘やかしの境界も子供によって異なる．それをマニュアル化するのは無理で，答えは子供の中にあると考えて，じっくり子供を観察することから始めたら良い．どうしても難しければ，とにかく１００％子供の願いを聞いて，共感を込めてオウム返しすることからスタートしても，多分罰は当たらない．
甘やかし過多は確かに怖い．しかし，かわいがり不足の方がもっと怖い可能性もある．

暴君になりうる親

子供は別人格を持った他者である．絶大な権力を振るう親が正しい権威者であるか振り返る必要がある．歯止めをかけるのは自分しかいない．羽目を外し放題の暴君になってはいないだろうか．

暴力・体罰はなぜいけないか

子供は大人の思った通りになっていく．暴力で子供を叱ると，子供は「自分はダメだからこうされる．自分はダメなんだ．」と思い，その通りの子供になる．
子供に暴力を振るえば，暴力が怖くて言いたいことが言えず，自分の主張を曲げる根性を育ててしまう．体罰で躾けると，子供は絶えずおどおどと人の顔色を窺うようになり，その子が本来持っている美しさが失われる．暴力で躾けられると，罰する者の目が届かなければ卑怯なことを平気でし，いつまでも独立できない．独立している人間は，おどしても，おだてても，だましてもきかない．感情に溺れないし，圧迫に屈しない．

絵本

赤ちゃんに絵本はいらない．いるのは両親の落ち着いた優しい声，小さな歌声，小鳥の声や虫の声，普通の生活音，そして静けさ．所詮，絵本は「おはなし」のできない者のための方便に過ぎない．おはなしができるなら，その方がずっと良い．
絵本は大人が自分の楽しみのために読んで，子供はそのおこぼれに預かるだけと考えた方が，バランスが取れる．

幼稚園の頃

注意

ボストンのシュタイナー学校では，お弁当を食べた後，食器を自分で洗って拭いて片付けることになっていた．ところが，食べ散らかしたまま遊び始める子がいる．すると先生は「テーブルを片付けてね」と優しく注意する．子供が聞き流して遊びを続けても，先生は優しく注意をし続ける．そうすると，何回かの注意の後，子供は言うことを聞く．子供に注意するときは，何度でも静かに言い続ける．決して声を荒げて怒ったりしない．

たくましいだけではいけない

「たくましければ腕白でもいい」とは思わない．たくましさと同時に人を思いやる繊細さが育っていなければ，それはただの粗野である．「人にぶたれるより，ぶつ奴になれ」とは思わない．「いじめられる奴にも問題がある」のはその通りだろうが，問題のない人間はいない．「いじめられるより，いじめられる側になれ」とは思わない．いじめる側になるぐらいなら，不登校を選んで欲しい．

おもちゃ

部屋の厄介者となるようなプラスチック玩具を生産しては子供に与えて，大人の目に触れない場所に追いやる行為が，子供を厄介者の範疇に囲い込む手助けをしている．
大人の目にも心地よく，それと暮らすことに何の我慢も要らない玩具を整えることで，子供が大人と一緒に居られる場所を作っていけば，子育てはもっと楽しいものになる．
「子供が使わなくなったら私のものにしたい」と思える玩具を買う．

子供にテレビを見せない理由

子供の視力は小学校１年生ぐらいで完成すると言われる．成長期の目に多大なストレスをかけたときの害は，出来上がった目に対するよりも深刻である．
テレビのおかげで様々な疑似体験ができるのは素敵なことだが，子供は本来体験できる以上の喜怒哀楽に心を掻き乱される．子供が刺激の強い虚像に翻弄されて，泣ける間はまだしも，やがてそれに慣れきってしまうのは恐ろしい．刺激に動じないよう，隣人の喜怒哀楽に心を閉ざすよう，テレビを使って一生懸命教育していることになる．小学校に入ってから「この子はなぜ先生の話をきちんと聞けないのか」とイライラしたら，小さいときからテレビによって聞き流し癖を学ばせた自分に怒るべきだ．
「テレビを見ないと仲間はずれにされる」という心配は，「仲間はずれって寂しく怖い．我が子をそのような目に遭わせたくない．」という気持ちから来るのだろう．しかし，そういう考え方こそが，「みんなと違う奴は仲間はずれにされても仕方ない．」と子供に思わせる遠因になっていないか．つまり「本当はお前にテレビを見せたくなかったが，仲間はずれにならないようにと思って，我慢して見せたのだ．そういう努力をしてこなかった奴は仲間はずれにしてやれ」と言っているように聞こえる．
結局，親が好きだからテレビを見せている．最終的には親の選択なのに，それを「子供同士で話に入っていけないと心配だから」という言い訳で隠さないで欲しい．
テレビを頑張って我慢するのではなくて，「子供の楽しい遊びを考えて，それをやっていたら，テレビを見ている暇がなくなった」というのが実際のところではないか．

小学校の頃

自信の育て方

「所詮子供の言うことよ」という頭がどこかにあって，拒否しないまでも軽視したり，ぼんやりしていて子供の切実さに気が付かなかったりすることがある．
「自信を持て」という叱咤激励によって自信が育つわけではない．「あっそれ，いいねー」と受け入れられる機会を何度も持つうちに，「この次もきっと受け入れられる」という自信が育ち，それを基盤として他人を受け入れる強さが育つのだろう．

誇りの育て方

必要なものを与えるのがかわいがりで，余計なものを与えるのは甘やかしである．
子供がかわいがられていて，かつ甘やかされていないときに誇りが育つ．

習いごとのやり方

初心者の幼い子供を「勉強仲間を授かった気持ちでスタートします」と迎えてくれたピアノの先生の家で，毎週「楽しいお勉強」をしてくる．そうなると，子供も次のときに手ぶらでは行けないと自覚するらしく，家で楽しくもない稽古に励む．
子供がまじめに物事に向かう力の出所は，「先生は僕が作り出す音を一生懸命に聞いて，分かってくれる」ことの嬉しさと誇らしさだ．
これまでピアノに生きてきた先生が，ピアノを通して子供を理解し導くために割く時間がどれほど貴重なプレゼントか，幼い子供にも分かる．
子供を甘やかさずに真剣に向き合ってくれる寛容な大人と一対一で関わる時間を子供が持てると良い．
敬愛できる先生が見付かれば，その習いごとはほぼ成功している．

テレビゲームの与え方

子供が「テレビゲームをしたい」と言い出したとき，中身を知らないまま，「みんながやっているから」，「面白いから」，「持っていないのは僕1人だから」という言葉に乗せられていないか．ゲームソフトを欲しがるときはお金だけ渡して，「これで機嫌良く暇潰してくれるなら楽」と思っていないか．
中身も知らずに「子供がやりたいと言ったから」というのは，見知らぬ他人に子供を預けっぱなしにするようなものだ．見極めは親がしてやらないといけない．
大人の判断力でゲームに関わる子供を見守る必要がある．子供達の世界でゲームは既に生き始めている．折角ここにあるものは大いに利用しよう．親子の対話の道具として使うと面白いだろう．
小学校３年生以下では，以上の議論は成り立たない．９歳以下の子供にはテレビゲームなど論外である．

国語

「読み書き」は学校のペースで，「聞く話す」は主に家庭で学習することにして，週末の夕食時にテーマを決めてお話会をしている．例えば，「夏休みに何がしたいか」，「コンサートの感想」など．
小さい人から順番に，全員が１～２分ずつ話すのは，「近頃見た変な夢」，「なってみたい動物」，「なってみたい職業」，「友達自慢」，「先生自慢」，「好きな食べ物」，「好きな漫画」，「近頃読んだ本」，「環境問題」など．
個人が下調べをして５分ほどにまとめて話をする．夫は「彗星」「進化論」「ロボット」．妻は「サンタ」「おじぞうさん」「源氏物語の漫画」「なぜ勉強するか」．子供は「ドラえもん」「飛行機」「生き物係で世話しているにわとり」．小さい子供には，親が話を引き出す質問形式で話す．時々，思いもかけないほどかわいい答えが聞けて，嬉しくなる．
子供はいずれ家を出て行くので，ご飯を食べながらおしゃべりできる週末が永遠に続くわけではない．「そんなこと知っていると思っていた」ということが，案外子供に伝わっていないことが多いので，今のうちに意識して話しておこうということになった．大人になった彼らが，話の内容を全部覚えているとは思わないが，おしゃべりの楽しさを覚えてくれると嬉しい．

算数

勉強だけは絶対怒ってはダメ．勉強が大嫌いになってしまう．誉めすぎてもいけない．あまり誉めると「いいところだけ見せれば，お母さんを喜ばせられる」と学習して，悪い点を取ったときに見せなくなる．だから，誉めない叱らないが大切．
できなかったところを一緒に勉強して，次に同じ問題が出たら，今度は百点取れるようにするのが親の仕事．
かつて親に勉強を見てもらった記憶がないので，小学校の勉強に親の助けが必要な状態がショックのあまり，「どっちに似たんだ」と互いに責任をなすりつけ合っていた．
遠くの方を見たとき，小学校段階でガミガミ叱って，算数嫌いのお手伝いをするのは，子供の足を引っ張る以外の何物でもない．

話し合い

「話し合いの技術」も「話すべき内容を持つこと」も，きちんと訓練しなければ身に付かない．「学校がそういう教育をしてくれない」と文句を言いがちだが，その前に家庭の中で，子供を離すべき内容を持った人間に育てておく必要がある．そのためには，親が話すべき内容を持った人間になる必要がある．