トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして

トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして
大野耐一,ダイヤモンド社,1978

トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして

トヨタの製造技術に関しては,たとえ自動車業あるいは製造業に属していなくても,「カンバン」や「自働化」などのキーワードを聞いたことがある人は多いだろう.しかし,例えば,カンバンの仕組みを知ったとしても,トヨタの製造技術の本質を理解したことにはならないし,ましてや,カンバンを利用したからといって企業が強くなれるわけでもない.カンバンは,理想を現実にするための手段として,ニーズから生み出されたものである.したがって,その理想とは何であるのかを知らなければ,トヨタ生産方式の本質は理解できない.なぜカンバンが生み出されたのか,なぜ自働化なのか,その底流にある思想は何であるのか.これらを理解することこそが重要である.

本書は,トヨタ生産方式の生みの親である大野氏が,ジャスト・イン・タイムという発想の起源以前まで遡り,トヨタ生産方式の本質と歴史を語ったものである.フォード流の大量生産ではなく,日本土着の多種少量生産方法の確立を目指し,徹底的にムダを排除するトヨタ生産方式.本書は,製造技術に関わる者に多くの示唆を与えてくれるに違いない.

「トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして」についてのメモ

私どもの課題は,多種少量生産でどうしたら原価が安くなる方法を開発できるか,であった.ところが日本は,昭和34,5年から15年ものあいだ,経済の面で非常な高度成長を遂げたために,アメリカ式と同じやり方をしても,量産効果が相当いろいろの面で出た.しかし,アメリカ式の量産方式をいたずらにまねていたのでは危険であることを,私どもは,昭和25,26年から一貫して念頭においてきた.多種少量で安くつくる,これは日本人でなければ開発できないことではないか.そして,その日本人による生産システムの開発は,いわゆる大量生産方式をも凌駕できるはずだと考え続けてきた.トヨタ生産方式は,多種少量で安くつくることのできる方法である.多種多量であればなおさら結構である.

トヨタ生産方式の基本思想は「徹底したムダの排除」である.しかも,次のようなそれを貫く2本の柱がある.

(1)ジャスト・イン・タイム
(2)自働化

トヨタ生産方式のもう1つの柱とは「自働化」である.「自動化」ではない.ニンベンの付いた「自働化」である.スイッチさえ押せば,自動で動く機械は多い.最近は機械が高性能になり,あるいは高速化しているので,なにかちょっとした異常が起きた場合,たとえば,機械の中に異材が混入したり,スクラップ詰まりをすると,設備や型が破損するし,タップなどが折損するとネジなし不良が出始め,何十,何百という不良の山をまたたく間に築いてしまう.このような自動機械では,不良品の量産を防止することもできず,また機械の故障を自動的にチェックするはたらきも組み込まれていない.そこでトヨタでは,単なる自動化ではなく,「ニンベンのある自働化」を強調してきたのである.(中略)「ニンベンのある自働機械」の意味は,トヨタでは「自動停止装置付きの機械」をいう.(中略)この自動機にニンベンをつけることは,管理という意味も大きく変えるのである.すなわち人は正常に機械が動いているときはいらずに,異常でストップしたときに初めてそこへ行けば良いからである.だから1人で何台もの機械が持てるようになり,工数低減が進み,生産効率は飛躍的に向上する.

トヨタ生産方式の基本思想および基本をなす骨格を順次述べてきたが,それらはいずれもはっきりとした目的とニーズがあって具現化されてきたことを強調したい.今でもトヨタの現場の改善はニーズに基づいて行われている.ニーズのないところで行われる改善は思いつきに終わったり,投資しただけの効果を得られなかったりすることが多い.「必要は発明の母」である.現場に対していかにニーズを感じさせるか,これが全体の改善を大きく進める鍵であるといっても間違いあるまい.

トヨタ生産方式も,実を言うと,トヨタマンの5回の「なぜ」を繰り返す,科学的接近の態度の累積と展開によって作り上げられてきたといってよい.5回のなぜを自問自答することによって,ものごとの因果関係とか,その裏に潜む本当の原因を突き止めることができる.(中略)私は,生産現場に関しては,「データ」ももちろん重視してはいるが,「事実」を一番に重視している.問題が起きた場合,原因の突き止め方が不十分であると,対策もピント外れのものになってしまう.そこで5回「なぜ」を繰り返すというわけである.これはトヨタ式の科学的態度の基本をなしている.

生産の「平準化」について具体例を話そう.(中略)1つのラインではコロナとカリーナが交互に流れている.午前中はコロナ,午後はカリーナと,まとめて生産することをしない.これはあくまで「平準化」を保つためである.同じものの生産単位であるロットをなるべく小さくして,前工程へバラツキの悪影響を及ぼさないよう,細心の注意をはらった作り方をしているのである.

トヨタ式はその逆をゆく.「ロットはできるだけ小さく,プレスの型の段取り替えを速やかに」というのが私どもの生産現場の合言葉である.なぜこうもフォード式とトヨタ式では違いが出るのか.なぜ対立的になるのか.たとえば,ロットを大きくして量をこなし,各所に手持ちの在庫を必要とするフォード式に対して,トヨタ式はそれら在庫から生ずる恐れのあるつくり過ぎのムダ,それを管理する人・土地・建物などの負担をゼロにしようという考え方である.そのために「ジャスト・イン・タイム」に後工程が前工程へ必要な部品を引き取りにゆく「かんばん」方式を実践しているわけである.「後工程が引き取った量だけ前工程が生産する」ことを貫くためには,すべての生産工程が,必要なときに必要な量だけ生産できるような,人も設備も用意しておかなければならない.その場合,後工程が時期と量についてバラついた形で引き取ると,前工程は人と設備に関してバラつきの最大限の能力を準備しておかなければならなくなる.原価を引き上げる明らかなムダである.ムダの徹底的な排除がトヨタ生産方式の本旨であった.そこで生産の「平準化」を厳格に行い,バラつきをつぶす.

トヨタ生産方式における「ジャスト・イン・タイム」の考え方,つまり「必要な品物を,必要なときに,必要なだけ」手に入れることができれば,確かに余分の原材料も,余分の製品も手持ちする必要はない.しかし,機械が止まって作れなくなったらどうするか.「かんばん」方式でいう後工程が前工程へ必要な品物を引き取りに行ったとき,機械が止まって作れない場合はどうするか,確かに困るに違いない.そこで,トヨタ生産方式は「予防」というニーズを生産現場の全工程に浸透させることになった.機械の故障を前提として在庫を持つとするなら,なぜそれ以前に,機械の故障を未然に防ぐことを考えないのか.

英語の辞書でエンジニア「engineer」を引くと,ご承知のように「技術者」という訳がでている.この訳語の中にある「術」という字だが,この字をよく見ると,「行」の間に「求」がはいっている.「行動」が要求されているのが「術」なのではあるまいか.(中略)「技術」も(剣術と)同様に,行動が要求される.実際にやるに限るのである.「述」もジュツと読む.最近は「技術者」ならぬ「技述者」のほうが多いのではないか.気になることである.

フォードの言葉

産業の終着点は,人々が頭脳を必要としない,標準化され,自動化された世界ではない.その終着点は,人によって頭脳を働かす機械が豊富に存在する世界である.なぜならそこでは,人間は,もはや朝早くから夜遅くまで,生計を得るために仕事にかかりきりになるというゆおなことはなくなるだろう.産業の真の目的は,1つの型に人間を嵌め込むことではない.また働く人々を見かけ上の最高の地位にまで昇進させることでもない.産業は,働く人々をも含めて公衆に,サービスを行うために存在する.産業の真の目的は,世の中をよくできた,しかも安価な生産物で満たして,人間の精神と肉体を,生存のための苦役から解放することにある.その生産物がどこまで標準化されるかは,国家の問題ではなく,個々の製造業者の問題である.

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