武士道の邦訳本である.最初に,戦前戦後を含めて出版された7つの邦訳本について,それぞれの特徴と問題点を指摘しており,本書の方針が明示されている.ここを読めば,本書を読むべきか,他書をあたるべきか判断できるだろう.一部を除外することなく,原著"BUSHIDO: The Soul of Japan"のすべてを邦訳しているという点で,本書が推奨される.また,全体を通して,膨大な数の脚注が付されている.実際に武士道を読めば分かるが,これを本当に読める人は,相当なインテリである.字面を追う程度なら凡人でもできるだろうが,とても読めはしない.そういう意味で,この脚注は貴重である. 新渡戸稲造は,日本人特有の高い精神性,日本の道徳思想の源流を武士道に求めた.原著"BUSHIDO: The Soul of Japan"は,日本の道徳思想を正しく外国人に伝えるために書かれた.外国人読者が理解しやすいようにとの配慮から,本書には膨大な引用がなされている.その範囲は,聖書を筆頭に,古代ギリシヤ,古代ローマ,ドイツ,フランス,イギリス,アメリカ,中国等々の哲学者,思想家,歴史家,詩人等々,実に多岐に渡っている.そのような本だからこそ,世界の心ある人々に強く訴えかけることができたのだろう.原著を読んだ西欧人が衝撃を受けたことは容易に想像できるのであり,ルーズベルト大統領が友人に何冊も配ったという逸話にも合点がいく. 新渡戸稲造は,時代の流れの中で,自身が賞賛する武士道が,日本人の道徳心の根幹をなす武士道が消えつつあると嘆いている.だが,たとえ武士道の外形はなくなろうとも,その影響は日本人の中に生き続けるであろうとも書いている.新渡戸の生きた時代から,さらに時は経過した.いまや,外国人に畏敬の念すら抱かせた日本人の気高い精神性というようなものは見られなくなってしまったのではないだろうか. 国政の場でも道徳教育について議論がなされているが,日本人は自分達の足下を見つめ直す必要がある. |